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祝!!100記事目 達成!!

ぅわぁーい!!

 

ついについに、、、、、、。

 

100記事目に突入しましたでよ。

 

こんななんも続かない飽き性の三日坊主がここまでなんだかんだブログだけは続いた事に少しながら驚いておりますよ。

 

まぁなんか最近はブログを定期的に書かないと落ち着かないと言うか。。。

 

いつも見て下さってる方、とにかくありがとうございます。

 

んじゃ、今日はなんと言うか、僕自身の経歴を書いていきましょうかね。ま、祝すべき100記事目なので自己満な内容をこれでもか!と書き綴って行きますよ。

 

 

はい、じゃあ自己満ワールド はーじまーるよー!!

 

 

 

 

1.東京に18歳で静岡から上京してきました。

 

 

 

高校卒業式の日に東京に上京たんですね。

人生初めての就職先は魚屋さんでした。

お寿司屋と併設された魚屋で、色んな作業を任されてました。

 

今も少しなら出来ますが、魚をおろせます。刺身も盛る事ができます。

だけど一つ欠点がありまして、俺は生きた魚に触れないという致命的な欠点がございます。

 

なので魚を〆た経験は数えるほどしかありません。

 

なんというか魚って何考えてるか分からん目してません??

あの目が恐怖。

喜怒哀楽が全く読めないあの目。トラウマもんです。

 

そしてなんか内から込み上げる「生きる力」とでもいいますでしょうか。なんつーんだろ、なんか力強いあのピチピチした動きが苦手でありません。

 

どんくらい嫌かと言うと一般的にゴキブリを触らせられるくらい嫌です。

 

ですが、死んでれば触れます。ゴキブリも死んでれば触れます。

 

そしてこのお魚屋さんは僕が入社して一年程度で倒産という形で幕を閉じました。

 

こっからrakuikiの人生の考え方が間違った方向に進んでいきますw

 

 

 

 

2. 20代前半はほぼほぼ水商売という勿体無い生き方。

 

20代前半は池袋と新宿でただひたすらに水商売にハマってました。

水商売のあのギラギラした感じとやればやっただけ報われるというあの独特の世界が好きでした。

 

完全に、結果出したやつが偉い。みたいなその感じが好きだった。

 

自分の人生の黒歴史として考えているのであんまり多くは語りませんが、簡単に言うとクズ中のクズだったと思います。

 

とにかく結果がお金に出るというのが楽しかった時期ですね。

 

 

 

3. 20代後半からなぜかやたらと海外を周りたくなる。という在り来たりな展開。

 

 

今まで一回も日本の外に行った事が無くて、写真でしか見た事のない海外の風景を実際に見て見たくなり、色んな国を周遊。

 

ヨーロッパからアジアから 10カ国以上は住んでみたり、働いてみたり、色々してました。ワーホリとかじゃないので常に直談判で働けるか交渉してました。

 

色んな所で本格的に遭難したりプチ遭難したり、現地の人と恋愛したり、料理したり、とまぁ現地人になりきる事が好きでしたね。

 

カンボジアでクライミングのインストラクターをしていた時もあるのですが給料は基本1日3ドルと朝夜メシとコーラがたまにつく。といったブラック企業でしたが結構楽しかったです。

 

因みにインストラクターになったのはクライミング初めて半年後くらいだったと思います。

トップロープのビレイをやってました。ひたすらに。

 

 

と、まぁなんか書き綴って見たものの、あんまりなんか内容ねーな俺の人生。もう書き終わっちまったよ。どーなってんだよ。

 

俺の人生、1500文字程度かよ。

 

まぁ、その間にちょくちょくyoutubeアホを配信したり、いろいろ黒歴史は定期的に作ってきてはいるんですが、書く程の内容じゃないので省きます。

 

 

あ!!!

 

小さい時によく虐待にあってましたね。トラウマ級の。

 

あんまり事細かく書くのもなんか多分聞いていて気持ちの良い物ではないですが、簡単にいうと小学生4〜中学3年くらいまで父親のサンドバックにされてましたね。

鼻の骨と歯をもってかれるという本格的ぶりです。

あと太ももが鬱血しすぎて黒くなるといった事や、まさかの中学生でハゲかかる。といった事ですね。

 

あとは父親の会社で日給800円といった破格の低賃金で働かされた事もあります。夏休みは大概それで消えていた為、夏休みの宿題は最後の方に終わらさざるを得ませんでしたね。

 

警察も来た事ありますが、学校の先生も教育という事で黙認してました。

 

そんくらいかぁ。思い出せる自分の人生のハイライトは。

 

すごいなぁ虐待されるとこんなに思い出が忘れられないとは。

 

 

 

はい、ここまで書いてもたったの1800文字程度です。

 

 

なんという薄っぺらな人生か。

 

 

ライミングとブログを思う存分やって、この薄っぺらな人生を悔いのない物にできるのであろうか。

 

 

考えてみればクライミングは人生初で自分の人生に彩りを加えてくれた物でもある。生き甲斐とでもいうのだろうか。

 

これに出会えず人生を終えてしまう人も多いと聞く。

 

それを考えたらまだ自分は恵まれている方なのかもしれない。これからも海外の岩や国内の岩をいろいろ触って見たい。

 

結局自分が愛せるのは岩登りと、こういったブログという、自分個人が満足できるといった狭い世界だけなのかもしれない。

 

でも、それが本当にやりたい事なんだと最近気付いてきている。

 

もっと俺はバリバリお金を稼いでハデに遊ぶタイプかと思っていたら、それは単純に周りと比較しているだけで、望んでもいないのに望んでいると錯覚していた。

 

現に物欲が恐ろしいほど無い、が色んな物を色んな世界で見たいという経験欲が恐ろしいほどある。

 

これを認めるのにだいぶ時間がかかった。

 

普通に学校を出て普通に学業を終え、普通に働いていると自分に素直になるのが本当に難しい。

 

手っ取り早く自分のわかりやすい欲を慰めてる内に自分の人生のターニングポイントを過ぎていたなどとよく聞く話だ。

 

自分の今、やりたいことをやれる環境に感謝すべきだと最近強く思う。

 

そしてこれを手放さずにさらなる飛躍を出来るよう、自分に出来ることは精一杯やっていこうと思っている。

 

 

 

 

おわり!!